2023年10月19日
整形外科では骨のレントゲンを撮影することが多いです。
偶然、撮影範囲に予期せぬ骨の病変が存在することがあります。
10歳前後の成長期のお子さんに骨盤骨のレントゲン撮影をしたところ、整形外科医から「骨盤の骨に腫瘍が見つかりました。大学病院やがんセンターに紹介状を書くので受診してください」と言われて専門の病院に紹介されてくることがあります。
このように専門施設に紹介されてくる患者さんの中には、特に問題のない、骨の成長過程でたまたま骨の腫瘍のように見える病変があります。
今回のコラムでは論文等に掲載されている画像を引用してそういった疾患の一つ(病気ではありません)を紹介します。
上のレントゲン画像(1)は、矢印で示した骨盤の骨に何らかの病変があります。
反対側の左側の骨は特に何もありません。
次のレントゲン像(2)は別の患者さんの写真ですが右側の骨に病変が存在しています。
CTではこのような感じにうつります(別の患者さんの画像です)(3)。
まるで腫瘍のように見えますね。
しかしこれは病気ではありません。
では、何でしょうか?
まずは、骨盤の骨の解剖を紹介します。
上の図は大人の骨盤の模式図(4)です。
骨盤の骨は仙骨・尾骨、腸骨、恥骨、坐骨から成り立っています。
オレンジの〇で囲っている部分が恥骨と坐骨の境界になります。
腫瘍のように見える病変はオレンジの〇で囲っている部分、恥骨と坐骨の境界あたりに生じています。
子供から大人になるときには骨盤の骨も成長します。
幼児では坐骨と恥骨の結合部分(オレンジの〇で囲っている部分)が骨化していないため、大人と違ってレントゲンではその部分が連続していないように見えます。
子供の骨盤の骨のレントゲン像を紹介します。
上のレントゲン像(5)は11か月の子供の骨盤骨ですが、坐骨と恥骨がつながっていません(矢印は坐骨と恥骨のつながっていない部分です。矢印を加筆しています)。
幼児から思春期に成長する過程で坐骨・恥骨結合部分の軟骨が徐々に骨化していきます。
上のレントゲン像はもう少し成長した子供の写真になります(5)。
成長すると坐骨と恥骨の軟骨結合部が骨化して骨がつながって見えます。
成長期のお子さんの骨盤のレントゲンを撮影した時に、この坐骨と恥骨の骨でつながっていない部分の軟骨が骨化する過程でたまたま骨が膨隆したように見えたときに腫瘍と診断されてしまうのです。
この病変(病気ではありませんが)は1924年にvan Neckによって報告されており、van Neck病とも呼ばれています(6)。
典型的には4~9歳の女の子と7~13歳の男の子に生じます(7)。
臀部や鼡径部、大腿部に痛みを伴うこともあります。
利き足ではない方の坐骨・恥骨結合部に生じやすいとされています。
坐骨と恥骨間の骨化が完了する前に、内転筋とハムストリングスによって引き起こされる非対称な機械的ストレスが原因ではないか(8)とも報告されています。
基本的には、MRIなどの画像検査を行って悪性腫瘍などの他の疾患の可能性が低ければ本疾患と判断します。
通常は経過観察です。
比較的まれな病態ですが、もしどこかの病院でこの疾患と判断された場合にこのコラムが役に立てば幸いです。
1 Morante Bolado I, et al. Enfermedad de Van Neck-Odelberg: una causa más de cojera en la infancia.
Reumatol Clin. 2017;13:299–300.
2 Schneider KN, et al. Invasive diagnostic and therapeutic measures are unnecessary in patients with symptomatic
van Neck-Odelberg disease (ischiopubic synchondrosis): a retrospective single-center study of 21 patients with median follow-up of 5 years. Acta Orthop. 2021 ;92(3):347-351.
3 Schneider KN, et al. Invasive diagnostic and therapeutic measures are unnecessary in patients with symptomatic van Neck-Odelberg disease (ischiopubic synchondrosis): a retrospective single-center study of 21 patients with median follow-up of 5 years. Acta Orthop. 2021;92(3):347-351.
4 https://bio.libretexts.org/Bookshelves/Human_Biology/Human_Anatomy_Lab/06%3A_The_Appendicular_Skeleton/6.04%3A_The_
Pelvis 日本語に変換。
5 https://radiopaedia.org/cases/2715?lang=us
6 van Neck M. Osteochondrite du pubis. Archives franco-belges de Chirurgie 1924; (27): 238–41.
7 Gregory L S, et al. Assessing the fusion of the ischiopubic synchondrosis using predictive modeling. Clin Anat 2019; 32(6): 851–9.
8 Wait A, et al. Van neck disease: osteochondrosis of the ischiopubic synchondrosis. J Pediatr Orthop 2011; 31(5): 520–524